『地球物語』読み物 
        

 「地球はいつも動いている」と説いた
    ピタゴラスさんとストラボンさん

 「山の上で見つかる化石はかつての海の証拠だ」「地球の表面はつね
に動いている」と、よく言われますが、このことに、いつごろから人類
は気づいたのでしょうか。
 100年くらい前でしょうか、500年くらい前でしょうか、それとも、
1000年くらい前からでしょうか。どう思いますか。
 この考えは、もう2600年も昔のギリシャの時代から、語られていまし
た。当時、ギリシャは自分の考えや意見を自由に言える国でした。です
から、当時の哲学者や科学者は自然のことや人間の生き方について、い
つも議論し、くわしい観察もしていました。
 そのなかに、ピタゴラスという大変数学の好きな人がいました。彼の
発見した三角形の面積の定理は「ピタゴラスの定理」として、今も数学
で使われています。(まだ習ってない人は先生に聞いてみましょう。)
 ピタゴラスさんは、大の学問好きで、あちこちで、自然のことや人間
の魂などについて、みんなに説いて回っていました。ギリシャの町のあ
ちこちから、大勢の弟子達が集まってくるほどです。ピタゴラスはよく
自分の家の庭を散歩しながら、まわりの若者達と問答を楽しんでいまし
た。あるとき、ピタゴラスは言いました。
ピタコ゚ラス なあ、みんな、時がたつと、今まで見えていたものが見え 
     なくなることはあるが、この世では、なにも滅びるというこ
     とはない。ただ、形を変えているだけだ。新しくものが生ま
     れるということは、以前あったものとは違う、他の何かにな
     るということだ。
ピタゴラス 生きものが死ぬということは、以前あったものが、形がなく
     なるということだ。どんなものでも、自分の形をそのまま持
     ち続けることはできない。でも、その本質だけは、不断の物
     として残っている。
ピタゴラス この大地、地球も同じことだと思う。
     われわれは昔、海であった場所が今では陸地となり、その
     地層の中から海棲動物(貝など)の殻が発見されるのを、よ
     く見かる。また、平野も永遠に平らなものではない。そこ
     にも、いつか山々が出来るだろう。
弟子たち しかし、先生。人間の短い一生で、はたしてそのような変
     化を知ることができるでしょうか。
ピタゴラス みんなは、その昔、シシリィが狭い峡谷で対岸と結ばれてい
     たとか、また、もと島であったファロスは、海峡の間が土砂
     や粘土で埋められて、エジプトとつながったという先祖の話
     を聞いたことがないと言うのかね。ギリシャの町ケリスとバ
     リスが、大地震のあと、海水でおおわれ、海底に町の影が見
     られるということも知っているだろう。
弟子たち 聞いたことはありますが…、見えてなくなってしまうとい
     うのは、そのものが変化しているということですか。

 この時代から、このような討論がおこなわれたりしながら、地球が変化
していることを見つけていたのです。

さらに、数百年の年月が流れました。
 長く続いた自由の国ギリシャもやがて衰える時がきて、ローマ皇帝が支
配する時代になりました。ちょうど、西暦が始まる少し前です。その時代
に、ストラボンという地理学の学者がいました。
 そのストラボンも勉強家で、当時の文明の中心地であったアレクサンド
リアで、自然のことについてたくさんの知識を得ていました。ナイル河の
土手や近くの丘陵から貝の殻が出てくることも知り、自分でも、熱心に観
察してまわりました。その結果、ストラボンは〈地理学〉という本を書き
ました。その〈地理学〉にストラボンはこんなことを書いているのです。 
 「水は、ある時は増え、ある時は減り、またある場所では退き、
 他の場所ではあふれていました。同じ土地でも、ある時は盛り上がり、
ある時は沈むのですから、海もまた、ある時は土地をおおい、 ある時は、
退いているわけです。私たちは、海底にかくれたり、海 水におおわれて
いるものの中に、こうした現象の原因を探らなけれ ばならないのです。」
ストラボンのいた時代というのは、今から数えると2000年も前のことなの
ですが、もうすでに、地殻(地球)の動くことを知っていたのです。これ
らの地殻の動きについて、ストラボンは、神の仕業などとは考えないで、
すべて自然の力によって起こると説明していたのです。ストラボンは、さ
らに、書いています。
 「私たちにとって、なによりも信用できることは、例えば洪水、地 震、
火山の噴火などのようなはっきりとした現象から、物事の説明 をしなけ
ればなりません。」
と、自然の変化を合理的に説明しようとしました。
 ストラボンはまた、火山の噴火についてもよく調べ、ベスビアス山の噴
火を予言をしました。
 そのころ、ベスビオス山はほかの緑の山々と少しも変わらず、その斜面
には多くの畑や豊かなブドウ園がありました。頂上は深い森林におおわれ
ていて、だれ一人、そこが火山であるなどと、夢にも考えませんでした。
 しかし、その後、79年にこのベスビアス山は大噴火を起こし、近くのポ
ンペイの町を一瞬のうちに埋めてしまいました。何万人の人たちが犠牲に
なりました。  

 地球についての科学が、このストラボンの考えをもとにして、その後も
研究が続いていたら、今日の科学はもっとすすんでいたかも知れません。と
ころが、ストラボンのすぐれた自然に対するものの見方も、そのあとが続
かなかったのです。
 その後の国を支配した修道僧の人たちは、陸地の上に何度も海が襲った
となどいう話は、とても賛成できなかったのです。なぜでしょうか。それ
は、当時の考えの元になっていた聖書には、〈たった1回だけの洪水〉に
ついてしか書かれていなかったからです。
 あのベスビオス山が火山であるということも、化石がかつての海の生き
ものの殻であるという考えも、まったく忘れられてしまい、その後1500年
近い間、科学はまったく進歩しない、長い長い、眠りの時代になったのです。
 1500年というと、どんなにも長い時代だったか、想像してみるといいで
しょう。

 このあと、ルネッサンスの時代、レオナルド・ド・ダビンチの話に続
 きます。

 この話は『地球物語』「三 ギリシャ人とローマ人の考え」をもとに、
西村寿雄が意訳したものです。

2003,6,17 

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